バランシンジャーナル 番外編(前半)

 デビッド・リチャードソンは、叩き上げのバランシン・ダンサーだ。ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)の付属バレエ学校〈スクール・オブ・アメリカン・バレエ(SAB)〉のオーディションでジョージ・バランシンのお墨付きを得て同校に入学、卒業時にNYCBに欠員がなかったため、一旦、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)に入団するが、NYCB入団を期してSABに復学し、1963年にいま一度、バランシンに認められて初志を貫徹する。83年に引退するまでの20年間にわたり、バランシンおよびジェローム・ロビンズ、アントニー・チューダー等による70余のバレエに出演した。
 現在、アメリカ国内外で指導者として活動するリチャードソンに、踊り手の側から見たバランシン作品と在りし日の彼について語ってもらった。

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〈David Richardson〉

ニューヨーク州生まれ。
奨学生としてニューヨーク・シティ・バレエ付属スクール・オブ・アメリカン・バレエで学び、
アメリカン・バレエ・シアターを経て1963年にNYCBに入団し、83年まで在籍する。
現役引退後、ABTのバレエマスターに就任、96年から01年には同団の副芸術監督を務めた。
「バランシン・ライブラリー」のタイトルで発売されたバランシン作品の映像集には、
『フォー・テンペラメンツ』と『ストラヴィンスキー・ヴァイオリン・コンチェルト』で
ソリストを務める姿が収められている。
近年は、バランシンおよびジェローム・ロビンズ、アントニー・チューダー作品等の振付指導者として、
パリ・オペラ座バレエ団、カナダ国立バレエ団、デンマーク王立バレエ団、
コロラド・バレエ団、日本のNBAバレエ団、スターダンサーズ・バレエ団、
牧阿佐美バレヱ団他に招聘されている。

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 本インタビューは、リチャードソン氏がNBAバレエ団でクラーク・ティペット振付
『ブルッフ ヴァイオリン協奏曲』を指導するために来日中だった、2014年3月に実施した。

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 ジョージ・バランシン(1904〜1983)は、多作の振付家だった。生涯に創作したバレエは約200タイトル、他にオペラやミュージカル、演劇作品にも振付を提供している。そのうち、彼の作品を管理するバランシン財団が上演を許諾しているバレエは80作超。バランシンが遺したバレエは、20世紀生まれの古典として21世紀に脈々と踊り継がれているのだ。
 その大半をなすのが、具象的なプロットを持たない、いわゆるアブストラクト仕立ての作品である。〈見る音楽〉と称されるゆえんは、音楽の機微を写し出し、音楽の起伏とともにドラマのような流れを生み出す振付にある。では、〈見る音楽〉の根幹をなす音楽を、ダンサーはどのように聞き、踊るのだろうか。

「バランシン作品の出発点にあるのは、つねに音楽です。ダンサーたるもの、どんな旋律であれ、どんなリズムであれ、音楽を正確に聞き取り、ステップに反映させるのは当然のことです。バランシン作品の一つひとつのムーヴメントは、音楽と綿密にリンクしています。既存の音楽に振り付けた作品であっても、このステップのためにこの音楽が作曲されたのかと思えるほどに、音楽と踊りの繋がりは自然です。余分なものが取り除かれ、シンプル極まりない。それでいながら、理路整然としている。単純明快であることが、バランシン作品の尽きない魅力であり、ごまかしのきかない難しさでもあるのです」

「音楽を感知せずに踊ると、ただドスドスと動くことになりかねません。少なくともプロのダンサーであれば、正確なカウントで踊れるでしょう。優秀なダンサーであれば、音楽より僅かに先んじて踊ることができるはずです。音楽に忠実でありながら、その音楽を自由に踊りこなす余裕を作れるのです。実際、バランシンは素早い踊りが好きでした。瞬時に次のポジションに移動する。瞬時に目指すポーズになる。フレーズとフレーズの間でひと休みしない。他団からの移籍者は、たとえスーパースター級のテクニシャンであっても、NYCB特有のスピーディな踊り方に順応するのに苦労していたようです。もちろん私達団員も、バランシンの要求に応えるために、必死で踊っていましたが」

「音楽性豊かなダンサーは、耳にした音楽を体の動きに置き換えることができます。カウントに従って機械的に動くのではなく、楽曲が持つリズムやフレーズを体にしみ込ませ、ステップの隅々に行きわたらせ、心で受け止めて歌い上げる感覚です。音楽を感じ取れないと踊りがバラバラになり、タララ〜とスムーズに踊るべき場面であっても、ダラッ、ララッと滞ったり、余計な間合いがまぎれ込んだりしてしまいます」

「音楽性は、生来の才能です。そのダンサーが鋭い耳を持っていない場合は、やむを得ず、音楽のカウントの仕方を教えます。カウントできなければ、フレーズを感知できません。まずは正確なカウントで踊り、徐々に踊りのフレーズと音楽のフレーズを一致させていきます。このように踊り込んでいけば、ある程度、音楽性を向上させることは可能でしょう」

「ストラヴィンスキーの音楽の場合は、少し事情が違います。彼の音楽を用いたバランシン作品では、先んじても遅れてもいけない。音楽通りの、正確無比な踊りが求められます。ストラヴィンスキーの音楽のリズムは複雑で、音色も変幻自在、音楽と戯れる余白は一切ありません。幸い、私自身は音楽で苦労したことはありませんが、他のダンサーに頼まれて、公演中に 1、2、3、4と声に出してカウントしたことはあります(笑)」


クラーク・ティペット振付『ブルッフ ヴァイオリン協奏曲』リハーサル中のリチャードソンおよびNBAバレエ団員

 〈バレエは、女性のための芸術〉との金言を残した通り、バランシンはバレリーナの美を愛で、彼女達を主役に据えた作品を次々と生み出している。バランシン夫人だったマリア・トールチーフ(1925〜2013)やタナキル・ルクレア(1929〜2000)、1960年代に一世風靡したスザンヌ・ファレル(NYCB在籍:1961〜69、75〜89年)、最後のミューズと謳われたダーシ・キスラー(NYCB在籍:1980〜2010年)など、ミューズと称されたバレリーナはバランシン作品を踊ることによって輝き、バランシン作品もまた彼女達によって輝きを増した。ミューズ達は、総じて優れた音楽性の持ち主だったという。

「なぜバランシンは、ミューズ達に惹かれたのか。すでに他界した彼に代わって、私の観点から答えさせてもらいましょう。もっともシンプルな言い方をすれば、彼女達が卓越したバレリーナであり、バランシンには彼女達の素晴らしさを見抜く眼力があった、ということです。私達が日々のレッスンやリハーサルでMr. バランシンに接し、やる気を引き出されたように、彼もまたダンサーから刺激を受ける必要がありました。いわゆるミューズは、彼にインスピレーションをもたらす稀有な存在でした。 何人かのミューズは、彼の妻になりました。彼女達に愛情を注ぐことは、彼女達のためにバレエを作ることでもあったのです。なんと素敵な愛情表現でしょう」

「スザンヌ・ファレルは、音楽に対して、独特の感覚を持っていました。彼女は音楽を聞き分けるだけでなく、音楽を巧みに使いこなしました。ほんの少し音楽に先んじて踊ることによって、ほんの少し余裕が生じます。この余裕のおかげで、次にこちらに進むのか、あちらに進むのか、選択できる。こうして、彼女ならではのニュアンスが醸し出されるのです。創作中のバランシンは、彼女の音楽性に魅了されたのだと思います。バランシン夫人だったマリア・トールチーフも、抜きん出て音楽的でした。彼女達は音楽を的確に聞き取り、振付を踊りこなし、Mr. バランシンが思い描いたイメージ、もしくはそれ以上に豊かなイメージを具現し、新たな可能性をバランシンに提示しました。彼女達の踊りがまた、彼の創作意欲を刺激したのです」

「男性ダンサーには、女性ダンサーをサポートする任務が託されました。女性達のようにバランシンからディナーに誘われたり、香水等のプレゼントを貰うことはなかったとはいえ、我々男性は、バランシンが生み出す世界の一翼を担っていたのです。パートナリングの技術を磨き上げ、女性の美しさを際立たせるのは、大任です。大切な宝物に触れるように女性の手を取り、彼女の体に自分の手を添え、彼女をさらに美しく見せる。ぞんざいに女性の体を掴むなんて、とんでもない! 女性に献身的に奉仕すれば、その結果、自分自身をも美しく見せることができる。バランシンのパートナリングはほんとうに多彩で、素晴らしい表現なのです」

〈続く〉

NBAバレエ団公演情報
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