大人からのバレエ推進委員会監修

マダム、バレエをご一緒しませんか?

高野達也

太田省吾主宰の転形劇場元演出家。

代表作「もうひとりのアリス」「青い舟の歌」

著書 「現代二等兵物語」

現健康ジャーナル社代表取締役。

第4回 「くるみ割り人形」は少女の一夜の夢?

ジゼル

「くるみ割り人形」が年の暮れにベートベンの第9のようにもてはやされるのは,作品がクリスマスの夜ならではのすてきなメルヘンになっているからなのだろう。 僕も昨年の年末にレニングラードバレエ団(現在の名称はミハイロフスキーバレエ団)の「くるみ割り人形」を観てきました。

レニングラードバレエ団はロシアのワイノーネン版を改訂して、<くるみ割り人形>を主人公にしているのですが、人形がいつまでも人形の姿のママで踊るのですから観てる方のフラストレーションが溜まってきます。変身した青年の姿でマーシャと踊るところもあるのですが、二つの姿の意味が観客によくわからないまま物語が進行していくのです。なんだかすっきりとしない解釈だなって言うのが第一印象でした。舞台の転換もやぼったい。正直言って、なにか舌触りの悪いケーキを食べたような感触が残ってしまいました。

まあそんな消化不良もあって,僕は帰宅したそうそうに、家にあった英国ロイヤルバレエ団(ピーター・ライト版)のDVDを観たくなったのです。改めて観ると、その「くるみ」はドロッセルマイヤーが主人公で、自分の甥が魔法でくるみ割り人形にされてしまったのを解こうというモチーフから話が展開されていたのです。そのためには甥である人形が女性に愛されるという行為が必要であり、そこにクララの存在が必要だったというわけです。もとろん人形は青年に変身したままです。なるほどねと思いました。

やはりピーター・ライトの振り付け演出のほうが一つの解釈としては納得しやすいものだと思います。

実を言うと僕はこの作品はクララ(マーシャ)という少女の夢の物語かとずっと思っていました。「アリス」の物語と同様に少女の成長期の夢の世界をクリスマスの夜に重ねたものに解釈できるなと。でもそれだとどうも夢の浅さが気になったのも事実でした。

ピーター・ライト版は魔法から解けた青年が街角でクララとすれ違い、お互いに親密感を表しながらすれ違うのですが、これまた粋な物語です。きっと新たな二人の恋が生まれるのだろうなという予感を観客は持つわけです。

一夜の少女の夢の物語をモチーフにいろいろと異なった振付演出が生まれるのもバレエならではのことなのでしょう。

僕は「くるみ」の中でことに好きなシーンはなんといってもネズミの軍団とオモチャの兵士達が戦うところです。今年の夏にある街のバレエスタジオの発表会でこの場面を小さな女の子たちが演じてましたが、これがまた面白い演出になっていて感心したものです。発表会ならではの工夫が作品の面白さまでに昇華されていたからです。


まあ兎にも角にも、いつも、いつも思うのですが、チャイコフスキーの素晴らしさをなんと表現していいかわかりません。おかしな言い方ですが、ほんとうにバレエと曲が一心同体という気がしてなりません。チャイコフスキーは偉大だとしみじみと感じ入る次第です。

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第1回 「白鳥の湖」男にとっていい女とは? を読む

第2回 「ラ・シルフィード」少女の横恋慕 を読む

第3回 「ジゼル」ジゼル狂乱 を読む

第4回 「くるみ割り人形」は少女の一夜の夢? を読む

第5回  マラーホフのチャイコフスキーへの熱い想い を読む

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