大人からのバレエ推進委員会監修

マダム、バレエをご一緒しませんか?

高野達也

太田省吾主宰の転形劇場元演出家。

代表作「もうひとりのアリス」「青い舟の歌」

著書 「現代二等兵物語」

現健康ジャーナル社代表取締役。

第2回 「ラ・シルフィード」 少女の横恋慕

シルフィード

スコットランドの森は妖精たちの住まう土地として知られています。その妖精の一人シルフィードが青年ジェームスに恋をしてしまうというのが物語の発端。

ジェームスには婚約しているエフィーという娘がいます。にもかかわらず、シルフィードに魅入られ、彼女を手に入れようと彼女を追い求めます。人間には理性ではわかっていても、どうしても止みがたい欲求に突き動かされることがあるものです。たとえ結婚式が控えていても、シルフィードの魅力は歯止めがきかないエロス的な誘因があったのでしょう 当のシルフィードは妖精なのだから、人間の現実の決まりごとなど意識されようもないのは当然です。人間の少女だって恋人のいる男性にちょっかいをかけてしまうことはよくあることじゃないでしょうか。少女の幼気な横恋慕です。

もっともシルフィードのそれは恋というよりも悪戯ごころにちょっかいを出したというもののような気がするんだけど。

はじめは「なんて可愛い男の子だろう。ちょっとキスしちゃおう」ってな無邪気な気持からじゃないのかな?それが、いつしか深みに嵌っていくということはよくあることです。

この物語をよくある評論的な言辞としては詩的幻想を追い求める心性と現実の狭間にいる青年期のアンビバレンツな心理を象徴的な暗喩で表現されたものと理解することができます。
いつだったか、東京バレエ団の斎藤ゆかりのシルフィードで、ジェームスとエルフィーの三人で踊る場面があったのだが、そのなんとも言えないシルフィードの横恋慕する演技力にゾクッときたものです。ダンスというよりも舞といったほうが近かった。宝生流の名人故高橋進の「井筒」での舞を思い浮かべるほどの切ない表現力でした。どういうわけかこのシーンは今も生々しく覚えています。(僕は斎藤ゆかりはシルフィードが最高だと思っています)

ところでジェームスが現実にシルフィードを手に入れた瞬間、彼女が死んでしまうというのが味噌です。ここが悲劇の悲劇たる所以なのですね。詩的幻想は現実には手に入れることが出来ないというわけです。妖精の羽根を奪ってしまうことで彼女は死んでしまう。

現実にもよくある話です。妖精のような少女が一緒になってみるといつしかでっぷりしたおばさんに変貌してしまうようなものでしょう。(これはちょっと違うか!)



悲嘆にくれているジェームスを残し、シルフィールドの亡骸を運ぶ妖精たちの葬列とだぶるようにして、モトかのエフィーの楽しそうな婚礼の行進が見えてきます。なんとももって憎いエンディングです。 私が棄てた女(現実)がみごと復讐するかのように、晴れやかに現実を逞しく生きているのです。 僕はなん人ものジェームスを知っています。僕もその昔、ジェームスだったことがあるような気もしています。

青年諸君よ。くれぐれもシルフィールドの存在には気をつけないといけませんよ。でもシルフィールドの魅力を一度でも知ってしまうと後戻りできなくなるものね。


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